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大阪高等裁判所 平成7年(う)329号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ懲役一八年に処する。

被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各三〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官加納駿亮作成の控訴趣意書(検察官田村範博作成の弁論要旨を含む。)並びに被告人Aの弁護人下村忠利及び被告人Bの弁護人三上陸各作成の各控訴趣意書(右両弁護人連名作成の弁論要旨を含む。)にそれぞれ記載されたとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は、弁護人下村忠利及び弁護人三上陸連名作成の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  検察官の控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、原判示第一の事実(以下「本件犯行」という。)につき、被告人両名には確定的殺意があったことが明らかであるのに、これを認めず、未必的殺意を認めたに止まるものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というものである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。

1  被告人Aの殺意について

(一)  原審が適法に取調べた関係各証拠並びに当審における証人Cの証言及び被告人両名の各供述によれば、以下の各事実が認められる。

〈1〉 被告人Aは、実包六発を装填した三八口径の回転弾倉式けん銃を準備し、原判示第一記載のD方北側の前路上に赴いたところ、同人方のブロック塀越しに、一階北側六畳の間で、頭を南向き(台所側)に、足を北向き(窓側)に横臥していた同人を認めたので、右塀越しに、約三メートルの距離のところから、あらかじめけん銃の撃鉄を上げ、両手でけん銃を支えて一発目を発射し、続けて二発目から四発目を発射した。

〈2〉 右銃弾のうち三発がDの身体に当たったが、右各銃弾の進行方向及び被害者の損傷状況は次のとおりである。すなわち、ア 左大腿部前面の膝関節から上へ約一九センチメートルの部位に当たった弾丸は、極めて浅い角度で身体に射入し、直進して大腿皮下、筋肉内を上方やや右寄りに身体の後ろ方向に進み、腹腔に入ってから進路を身体の前方に変えて右胸腔に入り、第七肋間を内腔から外に貫通し、右側胸部筋肉内に停止し、イ 左大腿部後面臀部下部に当たった弾丸は、ほぼ垂直に身体に射入し、直進して大腿部後面からその上方に射通し、大腿部中央から左恥骨中央部を貫通挫砕して腹腔に入り、小腸管を貫通及び擦過し、腸間膜、胃後面に擦過創口を作り、肝臓左葉、横隔膜を貫通して、右胸腔に入り、心嚢、心臓右室壁、右肺中葉上葉を貫通ないし擦過して銃創口を作り、右胸腔内に停止し、ウ 左手前腕部に当たった弾丸はこれを貫通した、ものである。その結果、Dは、大腿部銃創に基づく総腸骨動脈及び胸腹腔臓器貫通・挫滅による出血失血により死亡した。

(二)  右各認定事実、特に、被告人Aが、頭を南向き(台所側)に、足を北向き(窓側)にして、横臥していたDに対し、その足側、すなわち、けん銃を発射すると弾丸がDの下半身方向から上半身方向に向けてやや下向きの弾道で進行する位置の、しかも約三メートルという至近距離から、殺傷能力の強力な三八口径のけん銃を用いて、最初は撃鉄を上げて一発発射し、その後も連続して三発発射し、そのうち三発がDに当たり、Dの身体に射入した弾丸のうちの二発は、Dの大腿部から身体の上方に進み、総腸骨動脈、肝臓、心臓、肺などを損傷ないし貫通したため、Dは失血死するに至ったというような事実関係のもとにおいては、被告人Aが右銃撃に際し、絶対にDの身体の枢要部に当たらない方法をとり、しかも、身体の枢要部以外に当たった弾丸が身体の枢要部に進入することを必ず避けうるような方法をとったといえる特別の事情のある場合を除いては、被告人Aには確定的殺意があったと推認するのが相当である。

(三)  ところで、被告人Aは、捜査官に対する供述調書において、被告人Bから「今回はガラス割りではいかんぞ。体に弾を入れなあかん。」と言われた際、相手を撃ち殺すことを決意した旨供述し、右時点で確定的殺意を有するに至ったことを認めているところ、本件犯行は、甲野組系組員が乙山組関係者にけん銃で殺害されたことに端を発しており、右事件の報復をすることによって、被告人両名が組織内での立場を有利にする目的で、本件犯行を計画、実行したものであり、また、前記認定の殺害方法、態様をもあわせ考えると、被告人Aにおいて、被告人Bの右発言が関係者を殺害することを意味するものと理解したとしても何ら不自然ではなく、右供述の信用性は高いと言える。さらに、被告人Aは、捜査段階における供述調書において、二発目以降は被害者の下半身を特に狙った訳ではないとして殺害する意図があったことを認める旨の供述をしているところ、連続的に四発の銃弾を発射した本件において、一発目と二発目との間の極めて短い時間内に相手方に対する殺意の点でその評価を異にするような心理的な面での変化があったと認めるに足る事情は窺えないから、右供述も、当初から確定的殺意があったとの前記供述の信用性を裏付けるものである。

(四)  なお、被告人Aは、捜査段階、原審及び当審の公判廷において、Dの足のみを狙ってけん銃を発射した旨供述するところ、けん銃の試射をしたこともないためその射撃能力について全く未知数である同被告人が、被害者の身体の特定の部位のみを狙い撃ちしたと供述すること自体、何の根拠もない単なる弁解であるということができる上、本件では、同被告人は、住居内で横臥している者に向けて、塀越しに、銃弾を四発連続的に発射し、その直後にあわてて逃走したもので、夜間とはいえ、いつ乙山組関係者や通行人などに発見され、反撃されたり、警察等に通報されたりして、襲撃計画が挫折するかも知れないとの警戒をしていたという緊迫した状況であったことに照らしても、同被告人が、被害者の身体の特定の部位のみを冷静に狙って射撃したということは認められず、結局、右供述は極めて信用性の乏しいものと言わざるを得ない。なお、仮にその信用性を肯定しうるとしても、前記認定のとおり、本件における同被告人の発射位置及び当時の被害者の姿勢に照らすと、被告人がたとえ足の部分を狙って発射したとしても、足首などの末端部分に当たった場合はともかくとしても、それ以外の部位に当たった場合には、身体の内部に進入した弾丸がその軌道に従い上方へ進み、身体の枢要部を損傷することは容易に予想できるところであり、本件では、同被告人が、特に足の末端部を意図的に狙ったという事情は認められないから、いずれにしても確定的殺意があったとの推認を妨げるものではない。

(五)  以上のとおり、被告人Aには確定的殺意があったと認定するについて妨げとなるような事情は存在せず、むしろ、同被告人の捜査段階における供述調書には、確定的殺意を認める趣旨の供述があり、右供述の信用性にも疑問がないことをもあわせ考えると、被告人Aには確定的殺意があったと認めるのが相当である。

2  被告人Bの殺意について

(一)  前掲各証拠によれば、本件犯行は、平成二年六月二八日、福岡市内で、甲野組系丙川会内丁原組組員Eが乙山組内戊田組組長Fにけん銃で殺害されたことに端を発しており、右がいわゆる「かち込み」に止まらず、組員の生命を奪った事件であることに照らすと、甲野組関係者の中には、乙山組関係者の命を奪うことによって、右事件の報復をするとともに、甲野組の勢威を示す必要があるとして、これを実行に移そうと考える者がいたとしても不自然ではない状況の中で、被告人Bが本件犯行を計画したことを看過することはできないのであって、被告人Bの周辺の甲野組関係者が乙山組関係者の所在を確認するなどの動きを始めていたため、これまで所属の組織内で優位な立場に立てなかった被告人Bが、右事件を契機に自己の組織内での地位を飛躍させるため、乙山組関係者を殺害するという暴力団特有の論理を抱いたとしても決して不自然ではないこと、被告人Bは被告人Aに対し、「今回はガラス割りではいかんぞ。体に弾を入れなあかん。」と言ったり、実包六発を装填した殺傷能力の強力な三八口径のけん銃を手渡したこと、被告人Bは被告人Aに対し、宅配便の配達員を装って被害者に近づき、撃鉄を上げた状態でけん銃を発射するようにとの具体的指示を与えており、このことは被害者の至近距離からけん銃を発射し、弾丸を確実に命中させるようにとの意図を有していたことの表れであること、他方で、被告人Bは被告人Aに対し、決して被害者の生命を奪ってはならないとか、必ず下半身を狙うようになどというような指示を与えてはいないこと、などの事情を総合して考察すると、被告人Bにおいても、確定的殺意を有していたと推認するのが相当である。

(二)  これに対し、被告人Bは、けん銃で被害者の身体に傷害を負わせれば被告人らの目的は達せられるのであるから、殺害目的まではなかったと主張し、原審及び当審において、これと同旨の供述をするが、前記認定のとおり、被告人Bが本件犯行を決意するに至った経緯や心理状況、被告人らの犯行計画と準備状況、被告人Bの被告人Aへの発言や凶器であるけん銃を発射する際の注意事項、殺傷能力の強力なけん銃に実包を六発装填して現場に臨んでいること、などに照らすと、被告人Bの右供述は不自然かつ不合理であって信用性に乏しいと言わざるを得ない。その他、右推認を左右するに足る事情は窺えない。

(三)  したがって、被告人Bには確定的殺意があったと認めるのが相当である。

3  被告人両名の共謀の成立について

前記で認定した被告人両名の確定的殺意の形成状況に照らすと、遅くとも、本件犯行の現場付近で、確定的殺意に基づく殺人の共謀が成立したと認めるのが相当である。

4  なお、被告人両名の各弁護人は、〈1〉被告人両名の間では、被害者を殺害するとの話は一切なされていないこと、〈2〉被告人らは、被害者を負傷させれば功績として認められるのであり、特に因縁のある訳でもない本来の標的であったGを殺さなければならない動機はなかったこと、〈3〉被告人Bが、宅配便の配達員を装うように指示したのは、至近距離から被害者を撃つためではなく、被害者の自宅に他の者に怪しまれずに近づくためのものであったこと、〈4〉けん銃に六発の銃弾を装填したことが直ちに複数回の発射を意図するものであったとはいえないこと、〈5〉被告人Bが、撃鉄を上げて撃てと指示したことが、直ちに、至近距離から被害者の身体の枢要部を狙って撃てと言ったということにはつながらないこと、〈6〉被告人Aは、被害者の足を狙って銃を発射したもので、身体の枢要部を意図的に外したこと、などを指摘して、結局、被告人両名には確定的殺意がなかったと主張する。

しかしながら、〈1〉及び〈2〉については、前記認定のとおりの諸事情を総合的に考察すれば、被告人両名に確定的殺意を認めることができるのであって、被告人両名の間で「殺害する」との趣旨の直截的な表現がなくても右認定を妨げるものではなく、また、動機の点についても、前記認定の本件犯行に至る経緯及び暴力団特有の論理をも考慮すれば、決して不自然なものではないというべきである。〈3〉については、被告人Aの捜査段階における供述調書によれば、被告人Bが被告人Aに対し、玄関のドアをノックし被害者が出てきたら銃撃するようになどと指示していることが認められ、右事実によれば、宅配便の配達員を装うことが、怪しまれずに被害者の自宅に近づくためだけの手段ではなく、被害者を至近距離から銃撃するための手段でもあったということができる。〈4〉については、六発の実包を装填したこと自体が複数の発砲をする意図であったことを強く推認させるものである上、被告人B及び被告人Aの捜査官に対する各供述調書によると、被告人Bは被告人Aに対し、必ず相手の体に弾丸を入れるようにと念を押したり、「最初の一発は」撃鉄を上げて撃てと指示していることが認められ、右各事実によれば、被告人らにおいては、目的を達成するためには複数回数の発砲を意図していたと解するのが相当である。〈5〉については、撃鉄を上げて発砲することは、けん銃のぶれを最小限にして、目標を的確に射撃するための有力な方法であることを否定できず、前判示のとおり、右のような指示のあったことやその他の諸事情を総合して、被告人両名には確定的殺意があったと認定したものである。〈6〉については、前記認定のとおり、被告人Aが、被害者の身体の特定の部位のみを冷静に狙って射撃したとは認められない。以上いずれの点を検討しても、被告人両名に確定的殺意があるとした前記判断に影響を及ぼすものではなく、右各主張はいずれも理由がない。

5  以上のとおり、被告人両名が、共謀の上、確定的殺意をもって本件犯行を実行したことが明らかであるのに、未必的殺意を認めるに止めた原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。そして、本件犯行にかかる罪(原判決の第一の罪)と第二の罪とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあるから、原判決は結局全部を破棄すべきである。

二  自判

よって、検察官及び被告人両名の各弁護人の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により更に判決することとする。

(罪となるべき事実)

原判示事実中、「被告人H」とあるのを「被告人B」と訂正し、原判示第一事実について、原判決三丁裏一三行目から四丁表三行目の「前記G又は甲田組組員が死亡するに至るかも知れないことを認識しながら、あえて、前記D方を襲撃してGらに対して銃弾を発射することを決意し、まず、」を削除し、同一〇行目「D方付近に到着後、」の次に「右けん銃で前記G又は甲田組組員を殺害することを決意し、」を付加するほかは、原判決(罪となるべき事実)記載のとおりであるから、これを引用する。

(証拠の標目)《略》

(累犯前科)

原判決(累犯前科)記載のとおりであるから、これを引用する。

(法令の適用)

原判決(法令の適用)中、各「刑法」とあるをいずれも「平成七年法律九一号による改正前の刑法」と、同八丁表一二行目の「懲役一六年」を「懲役一八年」と、同一三行目の「未決勾留日数」を「原審における未決勾留日数」と、同裏一行目「訴訟費用」を「原審及び当審における訴訟費用」と、それぞれ改めるほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

(量刑の理由)

本件は、暴力団組員である被告人両名が、暴力団の抗争事件を契機として、対立する暴力団幹部を殺害しようと企て、確定的殺意のもとに同人の自宅をけん銃で襲撃したところ、その直前に右住居に転居してきていた一市民を殺害したという事案及びその際のけん銃所持の事案である。被告人らの本件犯行の動機は、暴力団特有の論理に基づくもので、到底容認できないものである上、犯行態様は、あらかじめ下見をしたり、偽装工作を施すなどした計画的なものであり、最も安心であるべき自宅で休息していた被害者に対し、問答無用の形で、殺傷能力の強力なけん銃を四発発射し、そのうち三発を命中させて殺害したものである。被告人らは、標的とした暴力団関係者の確認を怠ったため対象者を誤認し、一般市民を殺害したのであるが、そもそも暴力団の抗争事件においてけん銃を使用することは、そのこと自体が現代社会に対する無法極まりない恫喝であると共に挑戦であると言うことができ、さらに、常に一般市民を巻き添えにする危険性を孕んでいるのであって、その犯情はより悪質であると言うべきであり、更にその結果として、一般市民を巻き添えにして殺害した場合には、二度と同様の事件が発生しないようにすべき必要があるとの一般予防の観点をも加味して、刑責を考察する必要がある。また、本件犯行は、引っ越してきたばかりの被害住居での新しい生活に夢を託していた被害者及びその家族の状況を一変させ、その後の遺族の生活にも大きな影響を与えており、遺族らは、未だに被告人らからの賠償の申し出を断るなど、その処罰感情にも強いものがある。加うるに、被告人両名は、長年暴力団組員としての生活を送る中で、暴力団員特有の反社会的性格が根深く染みついておりその矯正は容易ではないこと、本件犯行後約三年間にわたり逃亡生活を続け、その刑責を免れようとしていたこと、現時点においても、本件のそもそもの原因ともいうべき暴力団組織から離脱し、一市民として生活していくことに踏み切れないでいること、などの諸事情を考慮すると、被告人両名の刑責はいずれも極めて重いものがあると言わざるを得ない。したがって、被告人らが、本件犯行を一応反省している旨述べていることや、被告人両名のそれぞれの家庭の事情、その他被告人両名のために有利に斟酌すべき事情をすべて考慮しても、被告人両名に対しては、それぞれ懲役一八年に処するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角谷三千夫 裁判官 古川 博 裁判官 鹿野伸二)

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